
世界各地でこれからの生き方、働き方を模索しているWYP編集メンバー4人。
【WYPなう】は、それぞれの「今」についてメンバー同士インタビューをする企画です。
初回記事ではそれぞれの一日の過ごし方を紹介しましたが、2回目は「なぜ今の働き方を選んだのか?」「これからどんな生き方をしていきたいのか?」を掘り下げていきます。
今回は、デンマークを経てウガンダへ渡り、太陽光発電を中心としたエネルギー事業に従事する鈴木に話を聞きました。
▼前回の記事はこちら▼
アフリカで、エネルギーの未来を探る(1) ウガンダの一日
日本企業を辞め、海外で働くという決断
– まず、海外で働くことを意識し始めたのはいつからですか?
いつだろう……。
明確には覚えていないんですが、大学3年生のときにフランスにワーキングホリデーに行って、そのときぐらいからでしょうか。
当時身一つでフランスに行って、働きたくてアルバイトを探したんですけど、40店舗ぐらいことごとく断られたんです。
なんとか最終的にレストランを見つけて働いたんですが、そのときの経験が、「海外でも働くことができるんだ」と自信になったというのはありますね。
フランスで働いていたレストラン
– ただ、その後の就職活動は日本の企業を受けたんですよね?
そうですね、就活のときは海外の企業というのは考えていなかったです。
当時は「日本の企業に入って、海外とやり取りしたり、駐在したりできないか」とぼんやりと考えていました。
いや、でも今考えてみるとあんまりちゃんと考えてなかったのかな(笑)
そして、最終的に某電機メーカーに就職しました。
– そこの会社では海外とのやり取りがあったんですか?
多少はありましたけど、あまり多くはなかったんですよね 。
それで、4年弱働いたんですけど、海外で働いてみたいなと思って、その会社を辞めることにしました。
それが2015年2月のことです。
– 部署を変えるとか、他の日本の会社に転職するとか、そういう選択肢はなかったんですか?
考えていなかったですね。
他の部署の人の話も聞いていたので、五十歩百歩なんじゃないかなと思ったし、他の日本の会社に転職するぐらいなら海外に行っちゃおうかなと。
そっちのほうがより面白そうで、より自分が成長できると思ったので。
僕は根が怠け者(筆者注:決してそうだとは思わない)で安定志向なんです。
油断するとこのままずっと普通に日本の会社に通っていたと思うんです。
でもそれじゃ満足できないことは分かってるんですよね。
それがWYPを始めたきっかけでもあるし、海外に行こうと思ったきっかけです。
単身デンマークへ、武者修行の日々
– 会社を辞めた後の話について教えてください。
会社を辞めた後は、まずはWYPの0.5号の展示が二つ(働く“合間”に雑誌をつくりました展、働きながら東京を探る)あったので、その準備をしていましたね。
「働きながら東京を探る」@TSUTAYA TOKYO ROPPONGI
その後約2ヶ月間アジアを放浪しました。
そして2015年8月からデンマークに渡りました。
風力発電が盛んなデンマークで、就活時から希望していた再生可能エネルギー関連の仕事をしたいと思ったからです。
– それは何かあてがあったんですか?
いや、それが全くなかったんですよ。現地でなんとかしようと思って。それが全然なんとかならなくて…。
-というと?
何件か仕事を申し込んだんですが、全然ダメでしたね。
箸にも棒にもかからないとはこのことかと。
でも、よくよく考えたら当たり前ですよね。
大した専門知識もない、英語もそこそこしかできない、デンマーク語もできないとなると、客観的に考えて自分、価値ないなと。落ち込みましたね。
ただ何もしないわけにもいかないので日本食料理店でバイトをしながらデンマーク語を勉強したりしました。
そんな生活を4ヶ月間続けた後、ついにNordic Folkecenter for Renewable EnergyというNGOでインターンできるようになったんです。
「Nordic Folkecenter for Renewable Energy」にて
– どうやってそのNGOを見つけたんですか?
実は最初に知ったのは、WYPの0.5号で取材した寺井暁子さんがきっかけでした。
一度寺井さんの家にメンバーの近藤と一緒に遊びに行ったときに、寺井さんの夫の南原(なばら)さんに出会ったんです。
南原さんは太陽光発電に携わっていたみたいで、僕が自然エネルギーに興味があるという話をするとそのNGOのことを教えてくれたんです。
– なるほど!そうだったんですね。
それに面白いのが、そのNGOに申し込んだ直後にたまたまカウチサーフィンを利用したら、相手がそのNGOの創設者の息子だったんです(笑)
彼から話を聞いて、俄然興味が湧きましたね。
最終的にそのNGOで8ヶ月間働いて、その後前回お話ししたウガンダのNGOで1ヶ月間、そして今はセネガルの日本大使館で働いています。
デンマークからウガンダ、そしてセネガルへ
セネガルの風景
– どうしてセネガルの日本大使館で働くことに?
デンマークのNGOで働いていて、自然エネルギーの普及において、法整備や資金援助という意味でも政府の役割というのがすごく大きいなと思ったんです。
僕は今、最終的にアフリカの太陽光発電の普及に携わりたいと思っています。
そこを見据えると政府の業務を経験するのはすごく大切だなと思って。
それで探していたらセネガルの日本大使館でちょうど募集をしていたのを見つけたんです。
– そこで採用されたのはデンマークのNGOでインターンを経験していたからだと思いますか?
どうだろう……。
ただ面接の志望動機のときにも、デンマークのNGOの経験から興味を持ったと話したし、実際そうだから、あの経験あってのことだと思いますね。
もしあのときデンマークのNGOに採用されていなかったら、今どうなっていたかわかりません。
フランスのワーキングホリデーのときも思いましたが、くさい言い方をするとあきらめずに続けたからこそうまくいったと思いますね(笑)。
– では、デンマーク、ウガンダ、セネガルと海外で働いてみたわけですが、実際働いてみてどうですか?
まず、デンマークで落ち続けたときは「俺って市場価値ないかも」と思っていたんですが、そんなことはなかったです。
あのときは、まずは語学力をつけないとどうにもならないんじゃないかと思ったんです。
でも実際はそんなことはない。
たしかに、今でも語学力のなさを痛感することはありますが、今の語学力でもできる仕事がたくさんありました。
たとえば前のNGOでやっていたのは、過去の資料を整理してPR用資料を作ること。
それは語学力がそこまでなくてもできることで、少なくともそれまで他の人たちにはできなかったこと。
自分がやる価値のあったことだと思います。
– 自分の世界での市場価値をより理解することは、今後他の国で活動していく上でも重要ですね。先ほど「今後アフリカの太陽光発電の普及に携わりたい」と言っていましたが、それはなぜなんでしょうか?
僕は国が発展していくのに、まずは電気が確保できることが特に重要な要素だと思ってるんです。
だからそこに携わることはすごく社会的意義の大きいことだと思ったんです。
その考えはデンマークのNGOにいたときにさらに深まりました。
たとえば今世界に約13億人電気にアクセスできない人がいると言われてるんですけど、そのうちの半分はアフリカ大陸にいるんです。
そこに対してアクションを起こすべきだと思うし、市場の大きさ的にもやりがいがあると思うんです。
もし太陽光発電があれば明日にでも電気にアクセスできるようになる。
それって素晴らしいことだと思うんですよね。
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